――人間の里。そこは特別な能力を持たない者たちの平穏の場。 だが意識あるものには頭脳がある。その頭脳を駆使し、他のものより財産を得た者もいる。 大きな屋敷を抱え、数多の人間をこき使い、あらゆる贅を味わい、もはや生き飽き、歪みきった老いた男が。 そう、男はひたすらに歪んでいた。その財力で貪い過ぎたがゆえに、女の肢体をただ味わうのに飽きたのが原因だった。 最初は売られてきた女の自由を奪った。次に尊厳を奪った。手足も視界も奪い、理性も奪った。 だがそれ以上のことは出来なかった。里を守る半妖に勘付かれたのである。 人間ごときでは太刀打ち出来ない力を持つ彼女のせいで、男は自粛せざるを得なくなっていた。 * そのでっぷりと太った男はいつものように、己の屋敷の自分の私室で退屈と煙草を味わっていた。 「あぁ、暇じゃ。暇すぎるわ。何か面白いことはないか? どんな些細なことでもいい」 静かに呟きつつ、男は煙草の灰をぽとりと灰皿に落とした。煙草を口に戻し、大きく煙を肺へと吸い込む。 「しかし旨いのぉ、この煙草という奴は。外の世界から偶然舞い込んでくるのを待たなければならないのが難だが」 口から煙を吐き出しながら、灰皿にぽとりと灰を落とした。だがその手を戻さずに、男は濁った瞳で灰皿を見つめ続けた。 灰皿はオーソドックスな銀色のもの。古びた喫茶店なら必ずありそうなありふれたもので、 煙草と同じく外の世界から流れてきたものである。ゆえに、何の面白みもない。 「灰皿までもがつまらんわい。何か面白い灰皿でも作らせようか?」 ようやく手を口に戻し、再び大きく煙を吸い込む。上を見上げて、 男は静かに考え込んだ。自分に相応しい灰皿のビジョンを。 ぴくりとも動かず視線を上に上げたままだったせいか、短くなっていた煙草はぽとりと火種を男の足に落とした。 「熱っ……!」 慌ててパッパッと男は火種を太ももから払いのけた。そして――男は思いついた。 * 暗い暗い屋敷の地下室。明かりは何ひとつない。蝋燭台があるにはあるが、火が灯っていなかった。 闇のみで構築されたその箱の中に、一人の少女が仰向けに倒れていた。 「うぅん……あれ? ここ、どこ? 何も見えない……どこだろ? 何してたんだっけ?」 目覚めたばかりであるからか、少女はのんびりと己が置かれている状況を考えた。 と、首に何かが巻かれているのに気づき、手を伸ば――そうとしたが、手首が何かに引っ張られて動かせない。 軽くもごもごと動いてみれば、両手首どころか両足首にも何かが付けられている。 ジャラジャラと鳴り響くその音で、それが鎖であり、首についているのは首輪のような何かだ気づき、少女は顔を青ざめた。 余りにも異常な事態に混乱したのか、とにかく立ち上がろうと体を動かす。が、鎖は無常に少女を縛り、少女に仰向けを強要する。 それどころか引っ張れば引っ張るほど鎖は強く体を締め付けた。慌てて少女は動くのを止める。 と、突然頭の上からがちゃりと言う音が部屋に響く。少女が頭を動かしてその音の方を見ると、 目の前にあったらしい扉が開き、提灯を持った男が入ってきた。 「こんばんわ、アリス・マーガトロイド殿」 「誰、貴方?」 「さぁ?」 「ふざけないでよ!! 何を考えてるの、早くこの鎖を解きなさい!!」 もう会話は終わりとばかりに、男は部屋の蝋燭台に火を灯した。 顔を横にしてみると、自分の頭のすぐ傍にはゴザが敷かれ、何冊かの本が積まれていた。 どかりと男がそのゴザに座り、手に持っていた煙草を一本口に銜え、火をつけた。 横に詰まれた本を一冊取り、開く。傍で喚き散らすアリスに構うことなく、 男は銜えた煙草を味わいながらペラペラと静かに本を捲った。 そして煙草の灰を――ぽとりと、大きく口を開けていたアリスの口内へと落とした。 「な、ガッ!! ガホッ、ゲホォッ!!」 声を出していたせいか、灰が直に器官に入り、苦しそうにゲホと咳き込む。 が、男は更にぽとりと咳き込むアリスの口内へ灰を落とした。 「な、にを、ゲホっ!! ゲホゲホっ!!」 「面白い灰皿が欲しくての。生き物を使ってみるのがいいと思ったんじゃ。  だが里には私のような外道にとっては恐ろしい半妖がいるからのぉ、妖怪の君に代わってもらったんじゃ」 「ふざけないで……ぎぃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」 地下室にアリスの悲鳴が響き渡った。男が煙草の火をぐりぐりとアリスの頬に押し付けたのだ。 アリスの悲鳴にうれしそうな顔を浮かべながら、男は新しい煙草に火をつけた。 少し吸って、叫び声を上げるアリスの口に再び灰を落とした。 「ひぃ!? げほ、げほっ、げほぐほっ! あ゙あ゙あ゙……げほっ」 喉を枯らすほどの悲鳴を上げていたアリスの喉に灰が直撃した。 半ば喘息のような咳を繰り返して、びちゃびちゃとアリスの口の中の涎が散乱する。 構うことなく、男は今度は眼球に煙草を押し付けた。 「ゔぎぃぃぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁ!! や゙め゙て、お゙ね゙がいだからぁ!」 「やーだ」 既に火の消えた煙草を更に男はぐりぐりと眼球に押し付けた。指の先までぐりぐりと、ひたすら奥へ押し付ける。 ぐちゅぐちゅと嫌な音が響き、アリスの右目は完全に喪失した。更に悲鳴が激しくなる。 いやらしい笑みを顔に貼り付けつつ、男はまたも新しい煙草を銜え、開きっぱなしのアリスの口に拳を押し込んだ。 「あがっ……あっ、あっ、あぁああぁぁあっぁぁあぁぁあっ!」 押し込んだ拳を無理やり開き、男はアリスの舌をがつりと掴んで引っ張り出した。 煙草の先をそこに近づけ、開いた方の腕で火をつけた。じりじりと舌を炙りながら、煙草に火が灯る。 アリスはもはや喉が枯れ切って、ひぃひぃと音のない悲鳴しか出せなくなっていた。 「ほっほっほ、楽しい、楽しいのぉ! しばらくはこれで遊べそうじゃ、  あの半妖にバレても妖怪退治の一環といえば引かざるを得ないじゃろう!  どんどん妖怪を捕まえて、この部屋を灰皿で埋めてやろうぞ!」 「残念でしたー」 「!?」 突然聞こえた声に男が振り向くと、いつのまにかそこにはやけに少女臭の漂う女が立っていた。 「お前は……稗田家の文献で見たことがあるぞ、大妖怪、八雲紫……!」 「はいはい正解。駄目よぉ? あんまりお痛しちゃ。ここは幻想郷、妖怪と人間が共存する世界。  人間に討たれる理由なき妖怪を苛められちゃ困るわ。というわけでお・し・お・き。  殺しはしないわ、巫女に討たれたくはないもの。まぁ、死にたくはなるでしょうけど♪」 「た、助け……うぉ、ひぃぃぃぃぃぃぃああああああ………」 紫が言い終えると同時に、男の足元にスキマが広がった。 * 悲鳴をあげながら落ちていく男を尻目に、紫はゆったりとアリスに近づいた。 ようやく生き地獄が終わったと、アリスは笑顔で紫に話しかけた。 「あ、ありがとゆか「さってと、この面白い灰皿は私がもらって行こうっと♪」えっ……!?」 そういうなり紫はスキマから大きめのハンマーを取り出し、ぐちゅりとアリスの顔面に叩きつけた。 頭蓋骨が歪み、アリスの顔が綺麗に、そして平らにヘコむ。まるで灰皿のように。 アリスの地獄は終わらない。まだまだ、続くのだ。だってアリスだもん。