――香霖堂の店主、森近霖之助は、ある日を境に無縁塚で不思議な道具をよく拾うようになった。 勿論、幻想郷の住人であるからには外の世界の物はすべからく不思議に見えるのだが――それを差し引いても不思議な道具を拾っていた。 「やれやれ、またか。今度は……『不思議なスーパーボール』、か」 無縁塚にて落ちていた玉を拾った霖之助は深くため息をついた。 「なんなんだろう、最近の道具は。用途は、……やはりか」 この不思議な道具たちは本当に不思議だ、と霖之助は一人空を見上げた。 彼は『未知の道具の名称とその用途が分かる』程度の能力を持っている。 使い方が分からないあたり非常に中途半端な能力ではあるが、それを考察するのも楽しんでいる彼にとっては特に不便はなかった。 ――だが流石にこれは困るな。考察しようがない。 見れば名称、読めば用途。彼が今拾った道具の用途は――『星熊 勇儀に渡すもの』。ただそれだけしか解らなかった。 名称に『不思議な』という形容詞がつき、用途が必ず誰かに渡すものと出てくる。そんな道具を、彼は最近たびたび拾っていた。 「はぁ。やれやれ。しょうがないな」 最初は気にしていなかったが、どうにも拾う頻度が高すぎる。諦めたようにため息をつくと――彼はとある決心をした。 「渡すものとかいてあるんだし、渡すそうかな。何かわかるかもしれない。……少々面倒だけれど」 ――地霊殿 「おや? 誰だいあんた。ここは地上の妖怪は来ちゃいけないんだが」 地霊殿へと続く道を半分ほど下った場所で、星熊 勇儀は一人の男が歩いてくるのを見つけた。 すぐさま近寄って話しかけると、男――霖之助はようやく見つけたと言わんばかりの顔でほっと息を吐いた。 「僕は半妖だから半分までは来ていいんだ」 「理屈はあまり好きじゃないな」 「それより、その角……君は鬼だね?」 「そうだよ」 「よかった。魔理沙の言ってたとおりだ。ちょっと手を出してもらえるかな」 「? ……何かのとんちの前振りかい? そら」 勇儀がそう答えて手のひらを差し出すなり、霖之助はそこに少し前に拾ったスーパーボールを押し付けた。 「これはスーパーボールというものだ。たしかに渡したよ。それじゃあ。何かあったら魔理沙か霊夢によろしく」 「あ、ちょっと!? 待て待て、なんなんだ一体?」 勇儀の静止も聞かず、霖之助は足早にその場を立ち去った。 弾幕ごっこの出来ない彼としては、何が来るか分からない場所に長居はしたくなかった。 「なんなんだろうね、これ……?」 知らない男に唐突に渡されたスーパーボールを見て、勇儀は思わず首を傾げた。指の先で挟んでみると、ぐにぐにと柔らかい。 しばらく片手で弄っていたが、手が滑って落としてしまう。ゴムで出来たそれは地面にぶつかって景気よく跳ね返り、あらぬ方へと飛んで行った。 「あちゃあ。しょうがない、拾いに行くか」 「この玉、勇儀さんのですか!? ありがとうございますっ!!」 ボールを追いかけていった行った先にいたのは、スーパーボールを持ったキスメだった。 彼女は勇儀を見るなり、しきりに頭を下げて感謝の言葉を叫んでいた。 「な、なんのことだい?」 勇儀の問いに、キスメはびっと指を差した。その指の先には、ゲホゲホと咳き込んだヤマメが膝をついていた。 「ヤマメちゃん、地上の魔法使いからもらった大福を喉につまらせちゃって、  呼吸が出来なくなってたせいか慌ててしまって走り回ってたんです。  でも勇儀さんが投げてくれた玉を踏んで転んだショックで大福が喉を通ってくれたんです!」 「別に投げたわけじゃないんだけどね……」 よほど嬉しかったのか、半分涙目になっているキスメに勇儀は苦笑を返した。 「あの、勇儀さんってお酒好きでしたよね? お礼にこれ、差し上げます!」 「えっ!? おぉ、結構キツそうな匂いのするお酒じゃないか。いいね。でもいいのかい?」 何処に持っていたのかは分からないが、キスメから突然差し出された一升瓶から匂う香りの良さとキツさに、勇儀は思わず聞き返した。 「勿論です!! 遠慮なく受け取ってください!!」 キスメから受け取った一升瓶を腋に抱え、勇儀はほくほく顔で住処へと歩く。 「いやぁ、棚ボタ棚ボタ。よくわからないが、もらってよかったねぇこのスーパーボールとやら」 キスメから返されたスーパーボールを見つめながら、勇儀は嬉しそうに呟いた。 「それにしてもよく跳んだねェさっきは。そうだ、このスーパーボールと競争でもしてみるか」 勝負事が好きなのか、気分が高揚しているのか、勇儀は力強くボールを地面にたたきつけた。 先ほどよりもずっと速い速度で、スーパーボールは飛び跳ね、すぐさま見えなくなった。 「やば、力入れすぎたか! 誰かに当たったら困るな」 あちゃあという顔をしてから、勇儀はスーパーボールを追いかけた。 「あー! このボール、勇儀さんのかい!?」 誰かに当たってしまったのかな、とスーパーボールを持って走ってくるお燐を見て勇儀は呟いた。 素直に謝ろうとお燐が近づくのを待っていたが――彼女は、勇儀の目の前まで来ると突然土下座した。 「ありがとうっ! ほんっっっと助かったよっ! さとり様の命の恩人だっ!」 お燐の言葉に、勇儀は思わずぽかんと口を開けた。 「な、何のことだい?」 「あんたが投げてくれた玉! 凄い速度で飛んで来たアレが、  上手い具合にさとり様の体に引っ付いてた、妖怪すら殺すものすごい毒を持つ虫に当たって潰れたのさ!  誰も気づいてなかったから、危うくさとり様が死んでしまうところだったよっ!! ほら、これお礼!」 そういって差し出されたのは、先ほどもらったよりもドギツそうなお酒だった。 「ぷはぁ〜〜〜〜〜〜! いやぁ、今日はいい日だねぇ!!」 たくさんの酒を次々と飲み干しながら、勇儀は機嫌良く叫んだ。今ので10本目だが、勇儀がつぶれる様子はまるでない。 「凄いねぇこのスーパーボールってやつは! 次々とお酒が手に入るじゃないか!」 実は彼女は先ほどまで、地上に出て所構わずスーパーボールを投げていた。投げられたスーパーボールはびょんびょんと自由に飛び跳ね回り、何かしらかの経緯を経て勇儀にお酒をもたらせていた。 ワイン、焼酎、日本酒、ウィスキー、その他様々なお酒を手に入れた勇儀は、すっかり出来上がっていた。 「さーて次はこれっと。……うぅーん! これはドギツい! 妙な亡霊から貰った奴だったかねェ。  しかし一番思いっきり投げたからといってもまさか冥界まで飛んでいくなんて……ん?」 ふと、勇儀は今日手に入れたお酒の強さと、そのとき投げたスーパーボールの強さを思い返した。 「……おぉ、考えてみれば力を入れて投げれば投げるほどドギツいお酒が手に入ってるなぁ! よし!」 パンッ! と手を叩くなり、勇儀は傍らに置いておいたスーパーボールを持って立ち上がった。 「本当本気全力で投げたらどんだけドギツい酒が手に入るかな〜っ!!」 そう叫ぶと、ボールを持った手を強く握り、ぐぐぐっと腰を思いっきり捻らせた。 そしてしばらく動かなくなったかと思うと、大きく振りかぶってボールを全力で壁に投げつけた。 鬼の全力を込められたスーパーボールは真っ直ぐ壁に向かい――勇儀用に非常に硬く作られた壁は、真っ直ぐボールを跳ね返した。 それは勇儀の鳩尾にクリティカルヒットし――自分で自分の腹を本気で殴ったような衝撃に、ただでさえ大量に飲んでいた勇儀は堪えきれずエロエロと胃の中の酒を吐き出した。 ――ドギツいチャンポン酒の出来上がり。