「〜〜♪」 鼻歌を歌いながら、東風谷早苗はリズミカルに境内の掃き掃除をしていた。季節は秋、掃いても掃いても、枯葉は境内に溜まって行く。 ただ彼女は掃き掃除を楽しんでいたので、むしろ思う存分できる秋は大好きだった。 「ん、誰か来たのかな」 ふと、誰かが神社へと至る階段を昇ってくる足音が響いた。早苗は思わず首を傾げる。 ここに来る妖怪たちは大抵空を飛んでくるというのに、何処の誰がわざわざ階段を昇ってきたのだろうと考えて、 そこで もしかしたら人里の人がわざわざ参拝しに来てくれたのかもしれないという可能性に思い至った。 全力の営業スマイルを顔に貼り付けて、早苗は足音の主のところへと近づいた。 「さ、さすがに。妖怪の山を昇るのは疲れるね……」 「あれ、霖之助さんじゃないですか」 足音を鳴らしていたのは森近霖之助だった。どうやらわざわざ昇ってきたらしく、ぜいぜいと息を切らしていた。 実は早苗は霖之助と会った事がある。霊夢から香霖堂の話を聞き、何度か服の修繕を頼んでいたのだ。 報酬は修繕一回につき外の世界の道具二つの使い方を教える。 やや早苗の得が大きい契約ではあるが、一応の対価は払っている分、霊夢よりかはマシな報酬である。 「どうしましたか? 服の修理が終わったのでしたら私が受け取りに行きましたのに……」 「いや、今日は飽くまで個人的な用事……のはずだ」 「はず?」 霖之助の不可解な言葉に早苗が首を傾げるが、気にせず霖之助は鞄をごそごそと漁りだし、何かを取り出した。 「これは『不思議なライター』というものでね」 そういいながら、霖之助はライターを早苗に投げ渡した。 「はぁ。どの辺が不思議なんですか?」 「さぁ」 「……???」 早苗が傾げる首の角度を更に大きくするが、霖之助は構わずふぅとため息をついた。 「ま、とにかくだ。これを君に渡した時点で僕の用は終わりだよ。  これの用途は『東風谷 早苗に渡すもの』なんでね。  ……しかしそれだと僕にとっての用途ということになってしまうけどね。  いつもなら客観的に用途が見えるのに何故この道具達だけは……」 「あ、ちょと霖之助さん!?」 早苗が帰ろうとする霖之助を引き止めるが、既に思考の海に沈んでいた霖之助の耳には入らなかった。 「不思議なライター、って言われてもなー。見た目は普通のと変わらないや」 霖之助が帰ったあと、早苗は片手で掃き掃除を続けながら空いてる片手でライターをじぃーっと見つめていた。 がちゃがちゃと手でいじってみるものの、特に何か不思議な部分があるわけでもない。 「とりあえず火をつけてみようかな。風が結構強いけど大丈夫だよね、不思議なライターなら」 妙な根拠で一人そう呟いてから、早苗はライターを裾に入れて、両手での掃き掃除を再開した。 境内に落ちていた落ち葉の殆どを一箇所に集めてから、ライターを取り出す。 普通のライターと変わらないなら、オイルを無駄には出来ないと、試すついでに焚き火をするつもりらしい。 「焚き火だ焚き火だ落ち葉焚き〜っと」 そういって、早苗は落ち葉を見つめながらライターのスイッチをかちりと押した。その瞬間――落ち葉は一気に燃え上がった。 「えっ!? ま、まだ火を近づけてないのに燃え出した!?」 そんな馬鹿な、と早苗は一人驚愕していた。火をつけるためにライターを点けようとしたのに、その前に燃え出すなんて! しかも燃え方も酷い。ガソリンでもぶっ掛けて火を点けたかのような燃え方だった。 早苗は慌てて大きな桶に水を汲んで、その焚き火にぶっかけて消火した。 「ライターのスイッチ押しただけで、一体なんで……あっ!?」 呆けたような顔で呟いていたが、何かに気づいたのか早苗は急いで木から枯葉を一枚千切って地面に置いた。 それを見つめながら、再びライターのスイッチを押すと――枯葉からぼぅっと炎が現れ、燃え出した。 「このライター……つけたときに見たものを燃やすのね!」 コンマ数秒の差もなく対象を燃やし尽くすライター。凄い物を手に入れてしまったと、早苗は一人笑い出した。 ――これなら幻想郷住民全員を脅して神奈子様と諏訪子様を信仰させることだって出来るに違いない。 考えただけでも可笑しいのか、早苗の笑いは止まらない。そして、更に凶悪な考えが思い浮かぶ。 ――いや、むしろあの二人を消して私が神になることだって出来るかもしれない! そう考えた瞬間、早苗の笑い声は更に大きくなった。と、突然走り出して、枯葉がまだたくさんついた木をどん、叩いて枯葉を落とした。 舞い散るそれを見つめて、ライターのスイッチをカチカチと押して燃やす。ライターの能力を試そうとしているらしい。 と、突然突風が吹いて、一枚だけ残った枯葉を吹き飛ばして先ほどの消火で出来た水溜りの上にぽとりと落ちた。 「湿ったものも燃やせるのかな……? 試しておかないと」 呟くなり早苗はその水溜りに近づいて、カチリとライターのスイッチを押した――瞬間、早苗の顔がぼうぼうと燃え出した。 ――水溜りには、早苗の姿が反射していた。