――香霖堂の店主、森近霖之助は、ある日を境に無縁塚で不思議な道具をよく拾うようになった。 勿論、幻想郷の住人であるからには外の世界の物はすべからく不思議に見えるのだが――それを差し引いても不思議な道具を拾っていた。 「……またか。今度は……『不思議な紙』、か」 無縁塚にて落ちていた白い紙を拾った霖之助は深くため息をついた。 「なんなんだろう、最近の道具は……用途は、……やはりか」 この不思議な道具たちは本当に不思議だ、と霖之助は一人空を見上げた。 彼は『未知の道具の名称とその用途が分かる』程度の能力を持っている。 使い方が分からないあたり非常に中途半端な能力ではあるが、それを考察するのも楽しんでいる彼にとっては特に不便はなかった。 ――だが流石にこれは困るな。考察しようがない。 見れば名称、読めば用途。彼が今拾った道具の用途は――『アリス・マーガトロイドに渡すもの』。ただそれだけしか解らなかった。 名称に『不思議な』という形容詞がつき、用途が必ず誰かに渡すものと出てくる。そんな道具を、彼は最近たびたび拾っていた。 「……やれやれ。しょうがないな」 最初は気にしていなかったが、どうにも拾う頻度が高すぎる。諦めたようにため息をつくと――彼はとある決心をした。 「渡すものとかいてあるんだし、渡すか……。何かわかるかもしれない。……少々面倒だけれど」 「というわけで、君にこれを渡すよ。何かあったら教えてくれ」 「はぁ……」 ――妖怪の森、アリス・マーガトロイドの家の玄関で、霖之助はアリスに先ほど拾った紙を渡していた。 一応の経緯は聞かされたものの、アリスの目には渡された紙は普通の紙にしか見えなかった。 「それじゃ。また何か人形作りに必要な材料があったらうちに来てくれ」 「えぇ、さようなら」 霖之助が立ち去ったあと、家の中でアリスは何となく紙をピラピラと振っていた。 マジックアイテムの反応もないし、魔力も感じない。どう見てもただの紙だ――と思っていたのだが、突然紙に何かが浮かび上がってきた。 「えっ……!? 何かしら、えーっと……『たなからにんぎょうがおちてくる』……?」 読み上げるなり、アリスの頭に鈍い衝撃が走った。痛む頭を抑えながら振り向くと、床には棚の上に置いておいたはずの人形が落ちていた。 「な、何なのよ……紙に書かれた通りのことが起きたわ……アレ、消えてる」 アリスが紙に目を戻すと、書かれていた文字はすっかり消えてなくなっていた。が、すぐさま違う文字が浮かび出す。 「! ……『きゃくがくる』、か」 その瞬間、ドンドン! と扉を叩く音が響いた。誰かが来たらしい。 「ほ、ホントに来たわ! 凄いわコレ、先のことが分かるのね!」 これはいいものを手に入れた、とアリスはほくそ笑んだ。先が読める、それはつまり何事も一手先にいけるということ。 弾幕ごっこもこれを見ながらやれば凄く有利に戦える――などとアリスが考えていると、再びどんどんと誰かが扉を叩いた。 「おっとっと」 慌てて文字が消えた紙を持ったままアリスは玄関へと走った。扉を開けようとしたところで、紙にまたも文字が浮かび上がった。目の端でそれを捕らえた彼女は、急いで紙の文章を読んだ。 「『とびらがかおにあたる』……え、ヤバっ!」 文字を見て、アリスは慌てて後ろへ飛んだ――が、一瞬早く、突如開かれた扉がアリスの顔面へとぶつかった。 空中で当たったので、アリスは変なポーズで床にどすんと落ちて、痛みにゴロゴロと転がった。 「っと! 悪いアリス! 大丈夫か?」 「イタタタタ……全っ然大丈夫じゃないわよ魔理沙! 何で私が返事する前に扉開けるのよもう!」 客の正体は霧雨魔理沙だった。悪い悪いと頭を掻きながら謝ると、魔理沙はアリスをよいせと引っ張り起こした。 「それで? 何の用なの?」 「暇潰し。お茶でも入れてくれ」 「厚かましいわねぇ……」 ハァ、とため息をつきながらも魔理沙を招き入れると、アリスは台所へと向かった。 「どの紅茶にしようかしら……」 ポットの湯を沸かしながら、アリスはいくつかの瓶に詰められた茶葉を見ながら何を淹れ様かと考えていた。 と、そのときまたもや紙に文字が浮かび上がった。 「『おゆでやけどする』……曖昧ね。どうすれば避けられ――あっ!」 突然の音に振り向くと、沸かしすぎたのかポットからお湯があふれ出していた。 条件反射で、火を止めようとアリスはポットに手を伸ばしたが――誤ってポットを倒してしまった。ばしゃあと腕に熱湯がかかる。 「熱ッ!!」 慌てて冷水に手を突っ込んで、火傷した部分を冷やした。 「何これ、さっきから……全然防げてないじゃない!」 いいものを手に入れた嬉しさと比例して、失望感も大きくなり、アリスは思わず叫んだ。紙を睨みつけると――再び、文字が写っていた。 「また…? 『まりさがきちょうなほんをはっけんし、ぬすむ』……えっ!?」 書かれた文章を理解するなり、アリスは走り出した。先ほど魔理沙を座らせたテーブルには――誰も座っていなかった。 開かれた窓から出ようとしていた魔理沙は、にやりと笑って叫ぶ。 「面白そうな本持ってるな、借りてくぜ!」 言うなり、箒に乗って魔理沙は凄い速度で去っていった。 「もおおおう!! ふざけてるわ!」 アリスは激怒していた。魔理沙にではない。本を盗られるのはいつものことだし、どうせ直接家に行けば返してもらえる。 怒っていたのは紙に大して。先のことは教えてくれるが、だからどうとはしてくれない。いや、させてくれない。 「こんなものいらないわよ!」 激昂したまま、アリスは文章の写ったままの紙をビリビリと破り捨てた――その瞬間。 「ぐっ……!?」 突然呼吸が出来なくなり、アリスはばたりと床に倒れた。 「し……し、ぬぅ……たすけ……」 そのまま呼吸困難になって、彼女はあっさりと絶命した。 ――ビリビリに破かれた紙の切れ端には、『し、ぬ』という文字が残っていた。